自分の子供に何か障害があるのではないか?出産する前からも心配し、生まれてきた時には自分の心配が現実的に起こってしまった…。なぜ私のこの子に障害がありながらこの世に生まれてきてしまったのだろう。いろんな時間の積み重ねを感じながら、子供との、未来について考えていくことになります。もちろんその作業はお母さまが一番不安なのです。

A障害を持っている、といってもそのことを優先して考えることも大切ですけど、まずは落ち着いてその子自身を理解してみませんか。まずは、自分の子供で生まれてきたことに対して受け止めていく。その子にも人格があることを理解すること、次に何をこの子にしてあげる必要があるのかを医療・社会的な要素を理解していくこと。家族の一員であることをしっかりと受け入れるために共に進んでいく大切な子供だという事を知る事。

これは我々がその中を行き渉ことと同じでこの子の道にも必要な道があるという事です。その部分がしっかりとお互いに感じられればまた次の段階では力強い生き方に変化することもあります。焦らない・否定しない。このことだけは注意したいことです。

自閉の段階でも様々な傾向が見えてきますよね。一概にこれが自分の子供の障害だと、概念を植え付けても実際に決めつけて生活をすることは難しさを覚えることもあります。医療で緩和できることもあれば、家庭や仲間の環境つくりで良くなることもあります。少しゆっくりの視点でとらえてみることも必要になります。

我々にもありますよね。性格と気質。これは誰にでも備わっているものです。その中でも取り扱いしやすいしにくい性格、気質というのも存在します。その人格的な事を理解しながら自閉の症状を概念をすり合わせていけると関わり方もみえてくる部分があるのです。性格にも取り扱いのような部分は大切ですから。

 私自身の息子は少し取り扱いにくく、すぐに隠れる逃げる居なくなる。・・・たまったものではありませんでしたが、言葉にするとどんどん距離を取る子でしたからぐっとこらえて自然にふるまう。・・・そんな駆け引きのような時間が私には流れていました。実際にはそれでよい部分が在りました。ついがみがみと言いたくなってしまうのですが彼なりに思考の整理をし続けているのですから、母親がうるさく言えばまた落ち込むのです。それよりも自然体に振舞って様子を見る。それが有効でないことも有りましたが、少し大人びていた息子には距離をとることが私の求められていた事のように思います。本当は可愛がって沢山遊びたかったです。しかし反発がすごいのでむやみにリズムを壊せなかったのです。

 人格からの理解…その人がどう感じるか、どう受け止めるか、どう表現するかという部分を見ていくこと。家族にしかできない理解もありますし、寄り添ってあげる人が気づくこともあります。その子そのものを理解していくことと、障害への理解。同時に受け止めることは難しいことも有りますけれど出来ることからまずは取り組んでみる。もちろん改善見込みがあるのであれば障害への専門的な対応も必要です。しかし計り知れない感覚…どんな子なの?私の子供はって部分に貴方の理解とその心の軸を落とすのは一度しっかりその経験を受け止めようとすることから始まりますから一日でも早くお互いの関わり方を知る事。その一つにお互いの人格の質という部分があります。それが理解できる部分となれば、心の繋がりや相手がどう感じているのかを知る喜びにも変わります。愛が深まる事さえもあります。

 ですから先ずは始まりの段階で、先の対応を考え過ぎなくてもじっくりとその子自身についてどんな子なのかということが理解できれば対応もより良い方向に考えられるものなのです。そして自分がどんな受け止め方をすれば安心につながるのか。不安がらずに一緒に理解していきませんか。その子供と母である自分は唯一無二の関係なのですから。その二人がしっかりと繋がりが出来ればいつでも一緒に始められることが生まれるのです。