10歳 あまりにも早い人生の転機
私は4人姉弟の三女。祖父母、両親は健在でにぎやかな家族でした。親戚や周囲の人たちの集まりも酒場の宴もいつも誰かが家を出入りし自分が1人ではなかった。世話しなく誰かが行き来していること。寂しさとは無縁のように思える環境の中で私は育てられていました。しかし三女の私は多忙な両親と年の離れた姉と弟。日々やるべきことは皆忙しなくただ、その中にいるだけの存在。
家族の中には居るけれど誰と仲良くしたら自分がこの家の中で愛されていると感じることができたのだろうか。そう自然と背中で感じ取るようになったのは私を大切にしてくれていた祖父が他界した10歳の頃。常にせわしい家族の空気は自分の世界をぽつんと一人でいることを要求するかのように照らしていました。私は祖父の他界の瞬間、自分がどうやって何を求めて大人になるのか。子供ながらに考えなければならなくなりました。
神仏の教えを得ていた祖父は私が生まれたその日から神仏の力と心を唱え伝えてくれていました。その言葉と空気は私にとって生きるための水のようなものだったのだと思います。言葉、その言葉は私にとって自然の存在であり、私を守る神の存在、親の存在として身に刻まれるように常にそこにありました。祖父の教育は自然世界でしたし、神のみ心をよく聞きまた神と祖父の姿が同魂であり生きている中で守られているかのように感じていたのです。そのものが幸せでした。不幸など感じたことはなかったのです。
しかしある時、祖父は遠い病院へ入院したまま家に帰ってくることはありませんでした。
私が10歳の頃。