ココロってついコロコロ転がっていることに気づいた事ありませんか?

 今日の気分もなぜか、昨日の気分と違う。いろんな感情が沸き起こる中で自分は昨日と違う意見を感じ取ってしまう。家族や友達で取り決めた『こうしようね』っていう出来ごと。約束。でも自分が守りたくないような気持にもなる。反発や相手らを怒らせたいわけではないけれど、そんな事を感じても誰にも自分の中で意見が変わってしまったこと、変化や意見を言葉にできないこと。有りませんか?本当はみんなとうまく関わっておきたいから皆と一緒に決めた意見に寄り添って同じように居たいのに。合わせることが急に窮屈になって誰からも束縛されたくない気持ちになる。   だからついつい自分で片付けた方が早いから・・。自分一人でやった方が頼まなくていいし、気が楽だから。外れない方がいいみんなとのサークルとその枠外。そんな自分の心の取り扱いがわからない。結局、落ち着くとみんなと居ればよかった。コントロールしてみようとするけれどやっぱりもう一人の自分が居るように感じる。だからこそ、その時は自分がやっていることは間違っていないとさえ感じるものもある。

 私は幼いころ、良く家族が外食に行く家族でした。子供ながらに嬉しいけれど・・行きたくないから家で留守番をします。って言っていました。だってね、勝手にお子様ランチがでてくるのですから。せめてどれがいい?って聞いてくれたなら『お子様ランチのAがいい』みたいに言葉に出せたんだと思います。つまり、決めつけられる事への反発心と窮屈さを生み出して私は家族が家の外にまで行って自分がみじめな思いをしたくはなかったんだと思います。それとものごころついたらハンバーグの赤いケチャップがとても苦手で私はそれも困る一つだったのです。酸味を子供が好むのか?お子様ランチはハンバーグ。しかし、ケチャップがみんな食べれるとは限らないのに勝手な親の決めつけで、結局わがままな子のレッテルは自分の株を下げまくり。未だに好きにはなれませんが大人になって健康の為にトマトジュースにはお世話になっています。自分が自分の為にできることが見えてくれば自然と受け入れられるものもあるのです。

心のコロコロ。

結局一人で行動することには限界もやってくることが在りますよね。一人には一人の窮屈さ面白くなさ、もちろんそうした心のリスクを感じても自由だけはある。だからこそ人に流されるようには生きれないのも事実です。でもね、貴方や私がやっていることは自分にとって我慢していることが在るからですよ。半面、努力と忍耐になんて思ってしまう事も自分を守る大切な考え方ですがまずは我慢してまでもやってはいけない事もあります。できるだけ好きなことを手に入れる事。笑えることを手に入れる事。そうすることで苦労が無くなるのです。たったこれだけです。だってね。人間は好きこそものの上手なれ・・この言霊を考えた人は天才だな、と私は思うのですが案外難しいことではないのです。その好きなことへの夢がかなうかどうかは別として、誰も貴方や私に『それ諦めたらっ?』とは言わないからです。

 しかし、生きていく為にはやらなければらならないことを選択しないといけない時期もあります。その時は頑張りすぎない事が大切です。自分が取り組んでいることに対して、うまくコントロールしようとする時、時間との付き合い方(まあそのうちうまくいく~)と自然体の自分を少し受け入れることで心が少しずつ無理をしなくて済むようになり、コロコロと変わってしまう自分が居ても責めたりしないで済むようになるのだと思います。