母となり
孤立の人生の中にも私自身に子供の縁がありました。
30歳の出産。その時に私の所に降りてきた子供たち。一卵性双生児の女の子。この世に生を下ろそうとしたその時は大きな雷の音とけたたましい雨の音。運命を背負った二人との旅は私にとっても命がけと言わんばかりの始まりでした。超未熟児からの成長。シングルマザーの生きざまと共に歩んできた娘たち。結婚や出産など・・みじんも思ってはいませんでしたが。だって大人になったからといって全てが順応に進んでいるはずもなく、悶絶の日々の中、一つの運命を下ろされたように私は二人の娘を身ごもりましたから。
しかし、父親との関係からまだ穏やかではない自分がいるのにも、夫となる男性を受け入れられるはずもなく、父の影の重みを背負ったまま方向性を見つけることが出来ませんでした。自分の中におこる強い独占力(子供を誰にも触れてほしくないという思い)と強い人への毛嫌い、自分の道を妨げられることがまた地獄を呼ぶとことへの警戒。だからすぐ様に離婚問題が表れたのです。
私は結婚などしたくはなかった。誰かの支配を受ける人生など。ただ、反発は大きく、その反発と合わせて暴力を受けることに繋がっていきました。私には男性というものが全く理解できませんでした。
なぜ家庭をもち自ら不幸を呼ぶのか。資質がないなら家庭を持たなければいいのに。男性に希望を抱けない自分というのが情けない気持ちもなくなりませんでしたがその時にいつも私がうっすら脳裏に浮かぶのは、母の辛抱でした。真似はできないな・・・。
私には救いようのない孤立しかなかったんだと思います。でも生まれてきた娘たちは私が1人にならないように神が天から下ろしてきた子だとすぐにわかりました。神様と祖父が私をこんな形でなだめているようで頭には来たけれど私はこの世に降りてきたのであればこの二人に会ってみたい、会って話をしてみたいって思ったのです。その為には育てないとなって。その為にはまずは出産しないとなって。覚悟することは自分にとって新たな道を与えてくれたのです。子育てと子供の繋がり、不安に思事は決しては必要ありません。お母さんがざわめいてしまうと子供はもっと波を立ててしまうから、だって貴方と一心同体でいるのですから貴方がまずは穏やかになることができれば子供も幸せなのです。一日一日のやるべきことが多いけれどちゃんと日々、子供も大きくなり感情を豊かに育っているのですから一緒に笑って、一緒にご飯を食べて一緒に寄り添って。それだけでも十分幸せなのです。