最近になって、ようやく「男運が悪い」という言葉の本当の意味を、自分なりに理解できるようになりました。
私は決して多くの恋愛を経験してきたわけではありません。
それでも、関係がうまくいかなくなるタイミングには、いつも共通点がありました。
相手の本当の姿が見え始めた頃から、関係が崩れていくのです。
付き合っている異性の事がみえるようになると、不思議ともういいかな。と感じてしまう。不思議と『また以前の人と同じように‥楽じゃない』
関りはじめは、彼となら希望の道がみえるはず。だって仕事も外見も磨きをかけているから。しかし、プライベートと仕事を比べてみるとなぜか、真逆のような感覚も覚えてしまう。私の思い違いだろうか。ついつい愛情を注ぎ、ついつい体調を機にかけてあげ、ついつい、食べたいものは無いか聞いてあげる。
自分が相手の状態を確かめたいばかりに質問をしていないふりをしながら質問して自分に目を向けてくれることを願っている。それが恋や恋愛の技法なんだとさえ理解していたこともあります。
ですがそれはただの自分が持っているイメージを相手にぶつけているだけの事であり理解していると思いたいだけで相手を知った気になっている。
手放したくないから。愛しているから。私が一生懸命に貴方のことを考えたら相手もそうしてくれると思うから。それが相思相愛なんだと思ってしまう。
しかしそれではいつか突然に断絶的で行き詰まりの状態が表れるのですから、本当はこのやり方が正しいとは自分自身も思っていないのです。ただ、他の方法を知らないから自分のやり方を貫いてしまう。
その姿勢は、相手の人が自分なりに恋愛ってこんなものなのじゃないかな?って独自に概念をもってかみ合っていないのと同じことなのだと思います。
そんなことに気づくとようやく男運が悪い。という感じ方にやや偏りがあることに気づかれるのではないでしょうか。
実態の意味を考え始めました。
男運が悪いと感じたとしても実際は異性との付き合いを大した数をこなしてきたわけではないが、いつも関係が波状する時は決まって相手の姿が良く見え始めた時。私は自分の中に問題が有るという事だけは感じていました。しかしその正体がいったい何なのか。
要素はいくらかありました。自分の生き方が確立しているように見える(勝手な人の評価です)ことで可愛がられない。自分にとって自分は未成熟と未知。強い女性と思われることにカチンとくる。理想の男性はデート代を出すのが当たり前と期待する私に対して実際は私がおごる。おかしいな・・。生活を見てもらいたいが実際は相手が紐のようになる。これは鑑定史上、下げ万と呼ばれる女性の部類。クライアントは上上に、しかしそれとは反しなぜかまた孤立していく自分の姿。
私はこれまで関わってきたいくらかの父親像の理想が自分の人生の壁を作っていることに気が付きました。父の姿と重ねることで全てが許せない状態に向かってしまう。ユング心理学上、アニムスというものに近いのだと思います。だから誰と関わっても結果が同じ。父親とは20年以上も以前に離れたのにまだ、自分はそのことを忘れていない事。後戻りはできない家族の時間は、もう前を向いて生きていかなければならないのに。二人の娘にも私は同じ苦しみを与えてきてしまったことを、静かに受け入れるほかありません。
人は自分で生きるように仕向けられ、アイデンティティーを理解し、パーソナリティも常に評価され、かつ人とも繋がりなさい、コミュニティーを大切にしなさい、自立しなさい、家族を作りなさい、結婚しなさい、協力できる人間になりなさい、一体どれを主に生きることが自分の軸になるのか。短い人生の中で全てを網羅するには時間が足りないと思うんですよね。だからこそ自分の心を大切にすること。マインドハグができれば何にも怖くない。これはやってみるとよくよくわかります。何も心配しない自分っていうものが生まれるからです。でもその自分は自分の中にあるのですから見つめてあげることが大切です。そりゃあ大変ですよ!