孤独が生んだ結路…
私はその長年のストレスの為に、一度大きなミスを犯しました。致命的も致命的。
今では冷静に人生を進めていますが、私は離婚直前に特殊詐欺に巡り遭ったのです。離婚を控えているのに詐欺にも会う。どういうことなのか。私の人生はなぜいつもルーレットが回り始めるのか。それが負の回り方になって終わりが来ないのか。不思議でした。父からの育児放棄、夫からの家庭非協力・力ずくのDV、見知らぬ男性のSNS詐欺。もういいかなって。。。思いますよね。
ぐっとこらえて自分の願いは一つ。
建築家になりたかっただけである。その夢さえ・・。なぜいつも奪われてしまうのか。たったそれを願って誰かに迷惑をかけてきたことはない。なぜ遊び惚けている私の姉が自由に生きて、私ばかりが犠牲の道を進むのか。
私は生きている意味を見出すことがもう、これ以上は難しかった。心のエネルギーも天の神へも、祖父へも。自分の脳も記憶も前世も本棚の本も。もう自分の為に呼び起こせるものは何もなかった。つまり人生の不調期どころではない。どん底である。
DVや育児の恐怖。一人で子供を養っていけるかの見えない先。結婚生活の大変さ。カサンドラ症候群の苦虫をかむような息苦しさ。疲れ。記憶の分裂。追われる仕事と家事育児。
私の感覚は霧につつまれるかのような心身の状態がありました。さすがに鬱を発症していたのです。その中で判断能力が低下していたことを感じていたのを覚えています。耳が遠くなったり目がかすんだり。ついでに呼吸器系を一時的に破壊したのです。でも、薬だけは飲まないって心に留めていました。これだけの人生が薬出直れば私もドクターになっているよ。なんて揶揄していたりして。
幻覚らしきものもありました、幻聴も。軽い記憶の取違いはざらで、車の運転も恐ろしく感じていました。そんな中、ワンオペとなってしまった自分の家庭生活は心の光を失わせるものがありました。誰を信頼して生きていけばいいのか、分からない。自分を信じて生きてきたのだからもう一度見直せば。しかし、自分を見つめようとすればする程、これまでの人生の失敗と父親との関りの挫折、男性との折り合いのつかない理解できない・・・・人生を呼び起こすばかりで。
止まない頭痛。
うまくいかない人生、その陰に何があるのかを解明しようとした先に、私は長年感が続けました。母親にこれまでの事をぶつけたのです。許せない強い表情で私は数十年の思いを母親にぶつけたのです。私の感情は母に突き刺さり静かに母の頬をいくらもの涙がたどりました。私はやってはいけなかったことを自分でやってしまったと理解しました。しかし、いつも外野で見ていた母の姿に私は同じ女性として生き方が違う事、そのものに対して、どうせ私のことなど理解できないだろうと踏んでいたことで母親を無碍な存在として決めつけていたことに気が付きました。一言だけ母が私に言いました。
『貴方が家族の犠牲になっていたんだよね。すまなかった』と。
彼女は自分の生き方を知ろうとしては居なかった。だから私の事も全くわかってはいませんでした。両親への絶望。心の中の灯は消えました。確認などしなければ良かったのに、しかし、聞いて答えてもらえるなら自分の親から真実を聞きたかったのです。ただ、そんな期待を心にぶつけてみても生きる道はそれぞれのものだと分かったのみ。この母の言葉は私が特殊詐欺に巻き込まれ、息を吹き返しなんとか立ち直ろうともがいていた時に、耳にしたものです。『すまなかった』と。人生半ばにもなり、こんな事ばかりが刻みこまれていく私の人生。
少しおかしくないでしょうか。悩んだり悲しんだりすることそのものも 私は疑問に思うようにもなっていたのです。もうこれ以上の事はないと思っていましたが、やはり一人で全てをこなし生きていると気が付くと組織に戻れなくなっている自分もいました、多くのお客様の鑑定をこなす中で、いろんな人生がある事、いろんな生き方や考え方がある事。そう感じ取ることによって私は自分を知ろうということに向き合い続けたのです。
そして、誰かを頼るというカテゴリーの自分がいつの間にか居なくなっていました。一人でもよかった。娘たちが生きているのだから。そう思おうとしていました。荒波を超える中で、一人でいる事への不安定が自分を襲った時。バランスを一挙に崩したのです。神の教えがあったから、悟りの智慧はえていたはずだから。だから一人で生きていくことは当然だとさえ刻みこむようにしてたのに。
疲労と過労、症状は一挙に私を奈落に連れて行ったのです。もし貴方が精神にも体力にも疲れ切っていたとしたら、本当に一人ではないことを知るべきです。そして、いつかは楽になる日がやってくるために一歩、前進してみようと心に問いてください。それがまずは始まりなのです。