当時は8万分のⅠとも言われていた出生率。(いろんな説が在りましたけれど)一体なんの事?って思っていましたけれど自分がまさかその経験をするとは!

 出産予定日にはまだほど遠い9カ月を過ぎた頃、私のおなかの中では異変が起きました。胎盤を共有する一卵性の二人は血液が片方の体に流れこみ姉の血液を多量に受けた妹は肺を破り一時心肺停止の状態に。双胎間輸血症候群です。母子共に緊急手術は行われ私自身も一時不明の状態に陥りました。一人の娘は紫色に。一人の娘は小さな鳥が鳴くような声で生まれました。ドクターたちがバタバタと走り回り紫色になった娘をどこかに連れて行ったのです。手術室の扉がしまり私は一人の娘ともう会えないままだと・・会ってもいない娘の死を覚悟せざるをなく、そうっと意識を失いました。

2日経ち、嘘のような話が聞こえてきました。意識が戻ったのです。私も紫色になっていた娘も。母が言いました法者(祈祷師)に行き命を守ってもらえるようにお願いしたと。祈祷師は私の娘を三途の川に連れて行かないように願いをかけたと。ガタガタと音を鳴らして神棚の扉が揺れてもいたがついには神頼みは届いたんだ。って。祈祷師の先生は汗だくで教文を唱えるとまるで力が抜けたように膝間づいて『やった! 病院に戻ってごらん。あの世には連れていかれて居ないよ』って。

眼を開けた私の顔の前には、言葉を失った母が覗き込んでいた。私はそれだけでも少しだけ嬉しかった。どうしてこんな人生なんだろう。

 数日ほどは娘には会えませんでしたが娘の様態が危機から脱した頃、対面が出来ました。二人は超未熟児。身体障害が残るかもと懸念も受け。しかし、生きたからには一緒に生きていこうって。思ったのです。当時、他の病院で私の娘たちより未熟児の子供が生まれたというニュースを聞き驚きました。まだ、1200グラムあるから私はましな方なんだ。とさえ思いましたから。700グラムで生まれたその子はなんと健在でしたから。勇気をもらったのです。さらに三つ子さんの生まれたニュースも聞きました。もう頭がくらくら。

 妊娠をするという事は奇跡そのものです。しかし、実際に子供の縁を持つという事に全くイメージとかけ離れた経験ともなると対処していくにも気持ちが追いつかず、何を頼ればいいのか分からないまま時間が過ぎてしまう事もあります。育っていく中でも多くの努力や工夫が必要不可欠な面もあります。ママたちの気持ちの強さも必要です。不安を抱えながら子育てをしている貴方がもし自分だけの思いで辛く感じていることが在れば心の内を吐き出しに来てください。今はまだ、笑える余裕がなくても一緒にできることを喜びに変えていきましょうよ。シングルマザーの女性が一卵性の子育てをされているとしたなら・・。自分だけのペースも楽に感じることも沢山あるかも知れませんね。それがしっかりと子供さんに愛情の道となればそのことは十分に幸せに繋がっていくのです。一緒に考えていきましょう。それでも子供たちが自然と答えをくださるのですからしっかりキャッチしていけばよいのです。